ポーランド旅行記 アウシュヴィッツへ

私の旅ブログに遊びに来てくださってありがとうございます。
今日はポーランド旅行記の2回目、アウシュヴィッツについて。

アウシュヴィッツ(=ビルケナウ強制収容所)への行き方は、アウシュヴィッツ第一強制収容所のあるオシフィエンチム(ドイツ語でアウシュヴィッツ)まではクラクフからバスか電車が出ています。第一強制収容所の入り口前まで、クラクフ中央駅の東口バスターミナルより直行のバスより乗車可。1時間40分ほどかかるそう。
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隣接するアウシュヴィッツ第二強制収容所までは、第一強制収容所からバスですぐに行けますが、私はこちらには行きませんでした。ブジェジンカ(ドイツ語でビルケナウ)というところにあり、また周辺にはこのような施設が多数建設されたそう。

私はクラクフ滞在2日目を朝から夕方までアウシュビッツへ行く日にあてました。うっかりバスに乗り遅れてしまいどうしよう...と駅の周りを歩いていると、タクシーの運転手が「アウシュヴィッツ、アウシュヴィッツ」と言われます。時間がなかったので、タクシーで行くことに。1時間ほどで着き、5000円位だったと思います。タクシー料金の相場は知らないので、交渉してください。

時間がなかったと言うのも、第一強制収容所を案内してくれるガイドの予約をしていたのです。今回、英語ガイドではなく日本語ガイドを予約しました。入場料はかかりませんが、ガイド同行でないと見学することができませんので、各自ガイドを予約するか、ツアーに予約します。ほとんどが英語またはヨーロッパの言語のガイドを予約することになりますが、公式ガイドの日本人の方がアウシュヴィッツに一人いらっしゃるのです。
中谷さんという男性。私は地球の歩き方に掲載されていたメールアドレスを見て、イーメールを送りました。
中谷剛さん
書籍も出版されているので訪れる前に読んでみると良いかもしれません。

一人参加だった私の他に、4、5組の日本人の旅行客の方が同じ時間に予約されていて一緒に案内を受けながら見学しました。
第一強制収容所の門
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『働けば自由になる』

ここに来ている人の中には、収容所で亡くなった方の遺族の方もいらっしゃるでしょうから、あまり写真を撮る気にもなれませんでしたが、収容所の外観を何枚か載せておきます。
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中谷さんのガイドでお話されていたことのひとつで、ここの収容所の所長についてのお話。収容所に隣接した敷地の一軒家に、家族で住んでいたそう。彼には奥さんと可愛らしい子供がいて、収容所から一歩でで、隣の家に帰れば帰れば子煩悩な普通のお父さんだったと。きれいにしている家は言わば一般的な幸せそうな家族の家。
所長は大戦後にアウシュヴィッツで絞首刑にされました。

家庭あるごく普通の市民の民意も煽動され、恐怖の時代に向かう。
煽動された大衆の狂気、人間の負の可能性はきっとどこにでも存在し得る。
第一次世界大戦の敗戦国に非常識な賠償基金を課した対戦国にも過失はあったし、決してナチスドイツが孤立していたわけではなく、それを援助していた国や組織(永世中立国の会社でも)あった。
ナチスに対してと言うよりも狂気の時代の、人の、負の可能性が怖いと思った。

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ガイドさんの言うところによると、ここ数年はイスラエルから訪れる若者も増えているそう。
国旗の布を身体にまとった若い学生の団体をみかけた。ここに来ることには私には想像に及ばないほどの勇気と決意が必要で、周囲の目から、空気から自身をかばうように国旗をまとわないとここに立つことに耐えられない。

日本も、決してモノエスニックの国ではない。日本のように“ほぼ”モノエスニックと言える国家は稀で、世界に12カ国存在する。でも、0.1%でも暮らしているマイノリティーの人々を決して忘れてはならない。

親から子へ、そのまた子へ。刷り込まれるように植え付けられた偏見はそう簡単に消せるものではない。
ヨハネ・パウロ2世は初めてユダヤ人のシナゴーグに訪れた教皇で、そのようにまずは一歩でも歩み寄って知ること。

大切にして生きていきたいです。

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